李可老中医 危急重症難病治療経験集
破格救心湯が救治した心衰の実録
私が中医臨床に従事して46年、薬も少ししかない無医村において、自ら創生した破格救心湯を運用し千余例の心衰重症患者の治癒に成功し、かつまた現代医院で末期症状の患者百余例を起死回生させた。中華医学は重症危急症領域において大変多くの積み蓄えられた学問の宝庫であり、強大な生命力と特色と優勢を備えたただ一つのものである。方法は簡単で安全で速効、成功率が高く安価、当然我が国の国情にも適合し普通の人がだれでも受けられるものである。二十一世紀、すでに地球人口全体が老齢化社会に突入した。老人は心脳疾患を患いやすく、また人類生命を脅かす三大病のトップでもある。本方はいろいろな老人の重症患者に効果を発揮し、かつまた健康な生命の保護に有効である。ゆえに古くてせまい習慣を守って手軽な方法ばかりとろうとせずに、本方の組成と思考回路を用いて気軽に運用してもらい、その結果をどうか惜しまずにお教えいただきたい。
一 方剤の組成と由来
1.方剤組成
附子30~100~200g、乾姜60g、炙甘草60g、高麗参10~30g(別煎濃汁対服)、山萸浄肉60~120g、生竜牡粉・活磁石粉各30g、麝香0.5g(分回沖服)。
2.煎服方法
病勢が緩やかな患者には2Lの水を加え、とろ火で煎じ1Lを取って2時間に1回ずつ5回に分けて、日夜連続して1~2剤を服用させる。病勢が危急の患者には、お湯を加えて強火で急煎し、出来上がったそばから患者に服用させる(必要に応じて鼻から管を通して投与する)。24時間以内に昼夜分かたず頻繁に1~3剤を投与する。
3.方剤の創制と思考
本方は1960年代の初めから40年の臨床実践を重ね少しずつ型が定まってきた。
本方は《傷寒論》の四逆湯を基にした類方で、四逆湯衍生方参附竜牡救逆湯及び張錫四逆湯は中医学で強心主剤をなすもので、臨床応用は1,700余年、心衰を救治し療効に大変優れている。心衰の病人の病状は複雑錯綜して、陽気の衰微だけでなく陰液も涸れ、ゆえに人参を加え四逆湯加人参として、大補元気・滋陰和陽・益気生津とし、本方をもってよりよい処方とした。ただし生死の境目ほどの重症な心衰の救治として用いる。詳しい研究のうえで外すことのできぬことが二つある。第一は歴代の傷寒方で用いられた薬剤量の軽重で、主薬の附子が僅かに約10g。《傷寒論・四逆湯》の原方では生附子1枚用いているが、よく考察してみると古くから定説となっている漢代の度量衝勘算では附子1枚は20g、生附子の毒性と薬効は修治された附子の2倍以上で、すなわち傷寒論原方で毎回使われる附子に相当する現代の修治附子は40~60g、ということは歴代が用いてきた四逆湯は原方の僅かに1/6~1/10ほどになる。このような少量で瀕死のものを救えるか?それは難しい。
第二は、あえて附子を重用しないのは附子の毒性を恐れすぎるからだ。昔から本草では附子に大毒があることが定説となっている。ただし附子にはとびぬけた強心作用があり、その毒性がまさにその起死回生の薬効のあるところなのです。まさに心衰危篤の病人は五臓六腑表裏三焦の全身の機能が衰退し、日に日に寒さがひどくなり生死存亡の瀬戸際で、陽が回復すれば生き、陽が去れば死ぬ。大辛大熱の薬性を持つ純陽の品の附子を破格重用しなければ、非常に激しい強い力もないし破陰回陽して絶命寸前の命を挽回することはできない。1961年7月筆者が救治した一例をあげる。60歳の危篤老夫人、患者の四肢は氷の様に冷たく、血圧測定不能、脈拍もほとんど触れなかったが、わずかに心口は微温で呼吸と心拍が停止していなかったので、四逆加人参湯に附子150gを破格に重用し強火で煎じ、煎じて出来上がるそばから服用させたら、1時間後には起死回生となった。現代薬理実験研究では、附子を強火で1時間急煎してみると、その毒性は高率で分解している。これらのことで判ったことは、瀕死の心衰病人にとって劇毒の附子は正に救命の仙丹であるといえる。
私がこれまでに使用してきた附子は裕に5トンを超え、治した病人は一万例以上、瀕死の病人には24時間で500g以上の附子を用いたが一人の中毒患者も出ていない。本処方中の炙甘草一味が絶妙な働きを備えている。傷寒四逆湯原方に炙甘草を生附子の倍量となっているのは当時仲景が附子の毒性とその解毒処置を充分に認識していた証であり、甘草が附子の解毒作用があり、蜂蜜で炙ったあとはさらに扶正作用もあることを示している。附子を100g以上に破格重用するときでも、附子の毒性を制御するのに炙甘草が60gあればよい、それ以上は必要ない。このように改善を重ねることで重症病人の治癒率はほぼ100%に達している。しかしその一方危篤病人の救活率は六~七割ほどである。これは人が学識浅薄で視野が狭く整体を見ずに一部しか見ていないからである。ただ“心衰”の一端だけ着目し、危篤病人の全身衰弱全部を見ていない――五臓六腑陰陽気血の散失によって本方の治癒率が三分の1程度にとどまっていた、約10年前は。張錫純氏の《医学衷参西録》を読んだが、彼は我が国近代中西医結合の先駆者である。彼はその本の中で“来復湯”(山萸肉60g、生竜牡粉各30g、生抗芍18g、野台参12g、炙甘草6g)を創生しているが、この処方は四逆湯の不足を補うことができる。その本に:“……寒温の外感諸症で、大病に罹ったあと回復できず(陰陽気血の脱失甚だしく、全身機能衰弱の状態)寒熱往来、虚汗が滝のごとく(大汗は亡陽、将に気血が脱せんばかり)……目は視点が定まらず、危険な状態(脳が停止する危険な兆候);あるいは喘逆(呼吸衰弱、気が上に脱する)あるいは動悸(脈が速く、心房細動、心停止の兆候);あるいは気虚で息が不足(呼吸衰弱)、諸症はただ一端を表しているのですぐに服薬させるが宜し。”と云っている。張氏は:“おおよそ人の元気の脱、どの脱もみな肝である。ゆえに人が虚極まるとその肝風は必ず先に動き、肝風が動くとそれはすなわち元気欲脱の兆候である。”(古人が論じている肝は、どれも高級神経活動と相関し、現代においては脳の危機的現象の前兆で、全身機能衰弱の最後の転帰である)張氏は“山茱萸肉に救脱の効果がありそれは人参、朮、黄耆よりも優れている。山茱萸肉の薬性はただ肝を補うだけでなく、おおよそ人身の陰陽気血が散失した時にこれを収斂させることができる。”ゆえに“山茱萸肉は救脱の第一要薬である。”その意味を汲んで私は破格人参四逆湯の中に山茱萸肉と生竜骨・牡蛎を加えさらに活磁石、麝香を加えて遂に破格救心湯ができた。方中山茱萸肉はたった一味だが“大いに元気を収斂し、滑脱を固渋し、そうした収渋の中でも条暢の性質を兼ね備えている。故に九竅を通利し血脈を流通させ正気を収斂し邪気とどめない。”(この点は極めて重要で、古今の諸家が本草にまだ現していない特殊効能であり、一切の心衰で虚の中に瘀を挟むような現象に適応する冠心病には最も重要といえる。)これを用いると、附子が回復した陽を固守する助けになり、五臓気血の脱失を挽回する。そして竜骨・牡蛎の二薬は固腎摂精で元気を収斂させる要薬である;活磁石は上下を吸納して陰陽を繋ぐ;麝香は救急醒神の要薬ですべての脳の危機症状に対し開中有補、詰まったところを突き破る開窮の効果がある。《中薬大辞典》に“現代薬理実験研究で次のことが実証されている。少量の麝香は中枢神経系統、呼吸、循環系統に対しどれも興奮作用がある。心衰、呼吸衰弱、血圧降下、冠心病心絞痛発作に対してもどれにも確かな治療効果がある。”と載っている。
破格救心湯は仲景先師の四逆湯類方における回陽救逆の効果を増強したものである。附子と山茱萸肉を特別多量に使うことで違うものができた。麝香、竜骨、牡蛎、磁石の増量で、更に本方は扶正固脱、活血化瘀、開窮醒脳、高級神経機能の蘇生などが備わってきて、呼吸循環衰弱の救治や全身衰弱状態の改善など、起死回生の神がかり的な確かな効果となった。
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