李老中医 危急重症難病治療経験
その16
六、頑麻怪症
劉秀珍、女、31歳、煤運公司職工。1998年8月2日初診:病は13カ月になり産後の失調から引き起こされた。その症は寝るたびに怖い夢を見ておびえ呻く。我慢していると四肢は痺れてきて眼が覚める、醒めた後の知覚が回復し始めるまで十数分はふらふらする。かつて神経を栄養する注射や強壮針剤をしたが無効だった。また補中益気湯・八珍・十全などを服用したがどれも適合しなかった。最近日増しにひどくなり日中でも左半身に急にひとしきり痺れに襲われ、昼寝の僅かな時間でさえも免れることができなかった。今年の夏はひどい暑さで36度~37℃にも達したけれど寒がっていた。夜寝る時は必ず右側を下にして横になった、仰向きで寝ると気が上まで達しなかった。これら多くの証を見ると全て気血両虚兼陽虚・湿痰の経絡留滞に属している。脾は気を主どり肝は血を主どる、脾虚は痰湿を内生し四肢末端に流れ麻木となる;産後に肝血は不足し横になれば血は肝へ帰り四肢末端を養えず不仁となる;入眠すれば栄衛気血の運行が遅滞するが故に病を成す。前医の遣った処方はほとんどが対症療法で、惜しいことに薬の主次を分けずに用いたので、肝心要が失われて病の所にまで達し得なかった。いま当に帥である気薬を重用し、気をもって血を統め血を運び湿を化す、虫類を佐とし絡に入り湿痰や死血をそぎ落とし、油桂で温陽・木香で流気し、気が旺盛になれば湿は去り血も活きその症は正に癒える:
生黄耆120g、当帰30g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・赤芍・川芎・桂枝・白芥子・生半夏・天南星、油桂・白殭蠶各10g、止痙散(全蠍12只、蜈蚣2条を研磨し冲服)、黒木耳30g、腎四味60g、炙甘草10g、木香・桃仁・紅花各3g、鮮生姜10片、大棗10枚、胡桃4枚を10剤。
8月13日二回目の診察:すでに11日になるが痺れはない、少し眩暈を感じる程度、顔色は白く光沢がないが食欲は大いに増えた。原方から半夏・天南星を去り制何首烏・白蒺藜子各10g、阿膠15g(溶かしたもの)を加える。
10月中ごろ街角で会い、全て癒えてからすでに2ヵ月以上になることを知った。その後事務で北京に行き苦心奔走し疲れきって食事や睡眠も十分でなかったが、再発はしていない。
七、クモ膜下出血
温玉双、女、27歳、霊石余家庄農民、妊娠五カ月。2000年4月18日突然激しい頭痛と噴射状の嘔吐をし、急ぎ県医院内科に入院し診察を受けた。18日の治療を経て病勢は酷くなる一方で、5月6日深夜私が呼ばれ診察をした。尋ねて判ったことは、4回の腰椎穿刺を経て脳脊椎液は血性を呈し、CT所見は“クモ膜下出血”だった。頭蓋骨内圧は高いまま下がらず頻繁に噴射状の嘔吐を繰り返している。最近は何回も短時間ではあるが痙攣を繰り返し、一度などあまりにも激しい頭痛のために眼口が歪みうめき声は絶え間がないし、眼は充血して呼吸は荒く粘調な痰涎や黄緑色の胃液を嘔吐し、その臭気は臭い。脈は弦滑で力強いが意識は絶え間なく混濁している。脈より証を推測し診断すると、明らかに肝胃痰火の上攻と繋がっていて気機が逆乱し升ばかりで降がなく内風もすでに動いて、神明を蒙蔽する危険な状態にあるので、急いで標を治すために降気滌痰和胃降逆を与える:
代赭石・懐牛膝・生半夏各30g、胆南星・天竺黄・柴胡・黄芩・酒竜胆草・枳実・炙甘草各10g、杭菊花45g、珍珠母・茯苓各30g、(全蠍5g、蜈蚣3条を研磨し冲服)生姜30g、生姜汁10ml(混入)、これらを煎じて濃汁300mlを取り少量ずつ何回もゆっくりゆっくり服用させ、吐き気が止まったら安宮牛黄丸1丸頓服させる。
5月7日二回目の診察:薬を服用した後には頭痛は減り痙攣も起こっていないが、早朝また激しい頭痛が薬15分ほどあり吐き気は減ったが止まってはいない。神志はすでに清廉となり質問に答えることができる。吐き気とともに苦く酸っぱい粘り気のある涎を出し、脈弦滑で昨日と比べてやや緩やか、舌上は水滑で胃中に涼を感じる。処方を改め鎮肝熄風湯合呉茱萸湯加減を投与し、降逆で肝胃を和ませることに重点をおく:
代赭石45g、懐牛膝・生半夏・茯苓各30g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)・呉茱萸(温水で七回冲洗)・炙甘草各15g・全蠍10g、大蜈蚣10条、鮮生姜30g、生姜汁10mlを煎じて濃汁500mlを取り、少量ずつ何回もゆっくりゆっくり服用させる。
5月8日三回目の診察で痛みと吐き気はどちらも止んで頭蓋骨内圧も正常になった。なお原方を加減し化瘀に偏重して与える:代赭石・懐牛膝・生半夏・雲苓各30g、紅参(別にとろ火でゆっくり煮る)霊脂・呉茱萸(洗)各15g、生竜骨牡蛎・珍珠母各30g、生杭菊花90g、(全蠍3g、蜈蚣4条を研磨し分けて冲服)、鮮生姜30g、大棗20枚を2剤。
上記薬剤を服用後諸症はみななくなり何の後遺症も見られない。ただ輸液をした側の下肢に浮腫と夜寝て不安感、六脈は緩やかだが右寸脈がやや弱い。補陽還五湯を与え、大気を運び化瘀することで健康を回復させる助けとした。生黄耆120g、当帰・益母草・丹参・珍珠母各30g、川芎・桃仁・紅花・地竜・白僵蚕各10g、蛤蚧粉30g、白芥子(炒って研末)・桂枝・炙甘草各10g、生杭菊花30g(全蠍3g、蜈蚣4条削って粉にして冲服)。
上記処方を3剤服用後7剤持たせて退院、家に帰り養生させた。
考察:本例の激烈な嘔吐は小半夏加茯苓湯の力を得て生半夏加代赭石・鮮生姜・生姜汁を重用したが、この法を私の一生で一万例以上応用し一切の肝胃気逆による嘔吐を治してきた、たとえば妊娠悪阻で米汁さえも口にできない激しい吐き気;胃出血の止まらない吐き気;現代医学の確定診断された脳膜刺激現象;寒熱錯雑による胃腸痙攣などどれもみな速効があった。軽症ならば一口二口服用すれば直ぐに止まり、ややひどい時でも二三回の服用で直ぐに癒えるし、極めて重症でも10時間ほどで峠を越す。まず標症を除き楽にしてから本治を図る。論じるまでもなくどんな種類の嘔吐でもみな胃気上逆による。胃は気機昇降の中枢であるので胃気が降りなければ諸経の気はみな上逆となる。処方は代赭石・生半夏・鮮生姜をもって胃気を降ろすことで気機の昇降を正常に戻すが、どんな嘔吐でも使えるのか?正に入り組んでいて煩わしいことを簡単に扱える、不変をもって万変に応用のきく法である。
また、本例のような強烈な頭痛には呉茱萸湯を加えれば一剤で止まる、呉茱萸は辛苦大熱でその気は燥烈である。以下に述べるようにかつては“脳出血”には合わないことを恐れて躊躇していたが、傷寒論に呉茱萸湯証についてはっきりと明示されている:“嘔吐涎沫に関する頭痛は呉茱萸湯これを主どる”。止痛と止嘔はちょうど呉茱萸の二大効能である。中医学には“クモ膜下出血”の様な病名はなく、ただ患者の破裂しそうな頭痛・強烈な嘔吐・吐出物は酸苦の涎沫などで、また胃の涼を感じるのは正に肝胃の虚寒であり痰飲を挟み頭の天辺に上衝している証拠である。病機が合ったからには投薬の後、破れんばかりの頭痛やまだ残っていた吐き気はたちどころに止む。古人の医案を読むといつも“盃を元に戻せば癒える”・“効は稃鼓のごとし”の記述があり、証に臨んで経方を深く信じれば神がかり的な効果が確かにある。これによって納得できることは傷寒六経弁証法が病機を総括し万病を牛耳っている、即ち万病を取り逃がさないということ。“病”がいかに何千何万種あろうともその病機は六経八綱の範囲から出ることはない。ちょうどこれは内経の“それを知りたければ、一言で済む”の教訓で、簡単なようで内容が深く、万病が一理である。臨床の際必ずしも“病名”は必要でなくその考えにとらわれるとますます苦境に陥るので、西洋の病名を考慮しないばかりでなく、中医の病名さえも探求すべきでない。胸中にはほんの少しの偏見でさえも先入観としてあってはならないし、よどみなくはっきりと鋭敏に動き、主証を識別するには四診八綱を根拠にし、病機を明らかにすることで証候を分析し、病機に従って立法・遺方・用薬する、このようにすれば諸々の疾患のすべてを癒すことができなくても、やがて病をみれば源を知り間違いを犯すことが少なくなるだろう。仲景学説は中医学を活かす霊魂であり、また世界的な医学の難問を細かく分けて解釈する黄金の鍵である。“難病痼疾、師法仲景”は我が一生の座右の銘であり、青年中医の皆さん共に学んでいきましょう!
続く
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